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大阪高等裁判所 昭和28年(ツ)12号 判決

(ツ)一二号上告人((ツ)一三号被上告人) 成慶院

訴訟代理人 間刈宥遵

(ツ)一二号被上告人((ツ)一三号上告人) 株式会社 中迫商店

訴訟代理人 秋月集一 外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を和歌山地方裁判所に差し戻す。

理由

上告人株式会社中迫商店代理人の上告理由について。

原審は、所論のとおり、建物所有を目的とする土地についての民法第六〇二条に定める短期賃貸借には、借地法第四条第一項の適用がないものと解すべきであると判示し、上告人の右法条に基く更新請求の効力を否定している。しかしながら民法第六〇二条に規定する短期賃貸借であつても、建物所有を目的とする土地の賃貸借である限り、借地法第四条第一項の適用を免れるものではないと解すべきであつて、処分の能力または権限のない者が締結した賃貸借であるからとて、これを消極に解すべきものではない。まず、借地法はその第九条において、臨時設備その他一時使用のための賃貸借であることが明らかな場合には同法第二条ないし第八条の規定を適用しないことを明定しながら、民法第六〇二条の短期賃貸借についてはなんら特別の規定を設けてないことが留意されなければならない。借地法が一時使用の賃貸借について適用除外の規定を設け、かつそれに止まつていることは、建物所有を目的とする民法第六〇二条の短期賃貸借は一般の賃貸借と同じく借地法の対象とする法意であることの一端を示しているものと見るべきである。もつとも、民法第六〇二条は、管理能力はあるが処分能力のない準禁治産者とか、他人の財産について管理権限はあるが、処分権限のない者が賃貸借を締結するものである特殊性と、長期の賃貸借は賃貸人の利害に影響するところが大である点を考慮し、賃貸借の期間の最長期に制限を加えたものに外ならないから、右制限は借地法第二条の規定にかかわらずなお存在理由があるもの、すなわち民法第六〇二条の賃貸借には借地法第二条の規定の適用は事の性質上排除されるものと解するのが相当であろう。さて原審は、処分の能力または権限のない者の締結する賃貸借について借地法第四条第一項の適用があるものとすれば、賃貸人は事実上長期賃貸借契約の締結を強要されるにひとしく、かくては準禁治産者や管理行為の効力の帰属する本人等を保護しようとする民法第六〇二条の期間制限の規定の趣旨は軽々に没却されてしまうとの論拠を説いている。借地法第四条第一項についても借地法第二条と同じことが妥当しないかとの考えは一応もつともなことである。けれども同法第四条第一項を深く検討すれば、それは決して民法第六〇二条の趣意を没却する規定ではなく、前者は後者と適当な調和を保ちつつ賃借人の保護を図つていることに想い到ることができるのである。大体民法第六〇二条は、次条にその合意更新の規定を持つているのであるから、当初の賃貸期間はその長期に制限があるとはいえ、合意更新の規定に従つて次々に契約を更新継続することによつて長期の賃貸借を締結したと同一の結果を招来することを妨げるものではない。そして借地法の昭和一六年法律第五五号による改正までの旧第四条第一項では「借地権消滅の場合において建物あるときは借地権者は契約の更新を請求することを得」るというにとどまり、賃貸人は理論上この請求を拒絶する自由を有するものとしていたから、合意更新の成立する場合の外、借地権が消滅することについては民法と全く軌を一にしていた。ただ第二項による地上物件買取請求権の間接的な作用から更新請求を拒絶する自由の制限が事実上存在したに過ぎない。しかしそれでは借地権者の保護を全うし得ないところから、前記法律第五五号は借地法第四条第一項を現行のごとく改正したのである。従つて法条の体裁と実質、改正の方向と経過にかんがみるときは、民法第六〇二条の賃貸借に借地法第四条第一項の適用のあることは当然のことに属する。のみならず、同法条は賃借人が更新請求権を行使しても、賃貸人がこれを拒絶するについて「正当の事由」を有する場合には契約更新の効果の発生を認めないという極めて妥当な解決を図つているのである。一方「正当の事由」を有しない賃貸人に更新拒絶の自由を許さず、従つて期限の到来にかかわらず、事実上長期賃貸借の締結を強要されたにひとしいことになるとしても、これを法律上不当な結果というを得ないのは明白であるし、勿論そのことを以つて民法第六〇二条の趣意を没却するものと考えることは全然当らない。賃貸人が「正当の事由」を有するときは賃貸借は期限の到来によつて消滅するのであつて、いわんや民法第六〇二条の賃貸借であることの特殊性は、「正当性」の一つの事情としての考慮の対象になり得るのであるから、借地法第四条第一項の適用を認めたとしても、賃貸人の正当な利益を抑圧する不都合な事態は全然生ずる余地はないものといわなければならない。なお更新された賃貸借の期間は一般の場合には借地法第四条第三項第五条によつて、三〇年もしくは二〇年であるが、短期賃貸借の更新の場合は民法第六〇二条の制限が働き、長期は五年に短縮されるものと解するのが相当である。以上要するに、形式的にみても、実質的に考えても、また結果的にいつても、借地法第四条第一項は民法第六〇二条の賃貸借に適用があるものと解すべきが当然である。従つて被上告人成慶院が更新拒絶について正当の事由を有するかどうかの判断をなさずに、直ちに上告人の更新請求権の行使を無効と解した原判決は違法である。

論旨は理由があつて、原判決中上告人株式会社中迫商店の敗訴部分は破棄を免れない。

上告人成慶院代理人の上告理由第一点について。

宗教法人である寺院は当該宗派の教義をひろめ儀式を行い、信者を教化育成することを主たる目的とするものであるが、その物的基礎として財産を所有し或いは所有財産を維持管理することはもとよりその目的遂行に必要な行為であつて、管理の方法として所有土地を賃貸することが上告人の目的の範囲内に属することは疑問の余地のないことである。論旨は理由がない。

同上告理由第二点について。

原判決中には「臨時に一時的に」とか、「一時の便法として」とかの用語を散見するが、原審は本件賃貸借を借地法第九条に規定する一時使用のための借地権の設定と解したのではなく、それには該当しないところの民法第六〇二条所定の短期賃貸借であると判断しているのであつて、このことは判文上明瞭である。一時使用のための借地権を設定したものであることの判定は単に物理的な時の長短だけを要素とするものではなく、諸般の事情を考慮の上決せられるべきものであることは所論のとおりであつて、また民法第六〇二条の賃貸借はすべて借地法第九条には該当しないということはないのであるが借地法第九条に該当するかどうかの判断上もつとも肝要なことは建物使用の目的、態様からみて、借地人を賃貸借の期間の上から保護する必要のないことが、積極的に社会観念上明白に認められる場合でなければならない。されば原審が被上告人の取得した借地権を借地法第九条に該当するものと認めなかつたことを経験則または条理に反し違法であるということはできない。論旨は採用できない。

同上告理由第三点及び追加上告理由第一、二、三点並びに再追加上告理由について

借地法第四条第二項が借地人に建物等の買取請求権を附与した所以のものは、借地権が消滅した一事によつて、当該建物が朽廃していないのに、常に必ずこれを収去して土地を明け渡さなければならないものとすれば、それはひとり借地権者にとつて不利益であるばかりでなく、社会公益上からも不経済なことであるから、借地権者の投下資本を合理的な価格で回収させてその損失を可及的に避止するとともに、建物等を存置させて社会経済上の効用を保全することを眼目とするに外ならない。この制度の理念は、通常の賃貸借であろうと、民法第六〇二条に規定する処分の能力または権限のない者のした短期賃貸借であろうと、ひとしく妥当する。短期賃貸借であることによつて通常の賃貸借とは別異に扱うべき理由は存しない。買取請求権を行使されることによつて賃貸人が事実上の重圧を加えられるとか、賃貸人が経済的に恵まれない状態にあつて買取代金の調達に困窮する事情があるとか、買取物件は賃貸人の都合上そのまま利用せず解体処分する関係にあるため物件の利用価値を数分の一に減ずる必要性があるとか、賃貸人が受け取つた賃料の額が、買取物件の価格に比し僅少であるとかいうことは、あえて短期賃貸借に特有な事柄ではなく、また本条適用の消極的要件となすに足らない。原審が短期賃貸借には借地法第四条第一項の適用がないとしたことは既に述べたとおり違法であるが、借地法第四条第二項の適用があると解したことはもとより正当である。以上と異なる論旨は理由がない。

ところで右追加上告理由第三点中には、原審が建物の内部にある施設をも買取物件中に組み入れたことを違法とする論旨があるので、これについて判断する。

借地法第四条第二項によれば、買取請求の目的物件は、建物その他借地権者が権限に基いて土地に附属させたものである。ここにいわゆる建物以外の土地に附属させたものとは、借地権者が建物を所有するについてその必要上土地に附属させた、建物と不即不離の関係にあるところの門及び塀とか、該土地建物を使用するについて土地に附属させた、一般的に便益を与える客観的性質を有するところの、下水工事とか防火設備等を指し借地人の主として個人的趣味や特殊の用途にのみ適するに過ぎないところの土地の工作物は含まないものと解すべきである。けだし借地権者からいえば、投下資本の全部の回収、従つて借地権者が土地に附属させた全物件の買取が望ましいわけであるが、買取請求制度は借地権者の利益のみを図るものではなく、一面において社会経済上の効用の発揮をも目的とするものであるところ、主として借地権者の個人的趣味を満足させるものや、その企てた特殊の目的にのみ適合するもののごときは、それと同じ趣味や目的を有する者は暫く別とし社会的客観的観点からすれば、便益を加え価値を増殖しているものとは認めがたいからである。原審はこの理を考慮せずに、被上告人株式会社の営業の特殊の目的にのみ役立つのか、一般的客観的にも土地の使用に便益を与えるかどうかを審理判断することなく、被上告人株式会社中迫商店が製材業を営むために賃借し、その目的遂行のために施行したことを理由に、運材軌条延長二八間一条本機一式、自動目立機一式、大丸鋸一機その他の物件についても上告人成慶院の買取義務を認めたのは、審理不尽理由不備の違法があるといわなければならない。そして買取代金一二八七、九〇〇円という価格は建物その他地上物件の全部の価格であつて物件の各個についての価格の判断がないから、上告人成慶院の請求を棄却した部分は全部破棄を免れない。

よつて民事訴訟法第四〇七条第一項に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敬太郎 判事 平峯隆)

上告人株式会社中迫商店代理人秋月集一、同岩橋東太郎の上告理由

第一点原判決は法律の適用を誤つていると思料する原判決はその理由において民法第六百二条に規定する賃貸借に借地法第四条第一項の更新請求の規定が適用なしと判断して上告人の主張を排斥したのであるがその論拠は若し之れを積極に解するときは所論短期賃貸借の賃貸人は更新拒絶の理由がなく正当の事由がある場合の外これを認容しなければならないこととなつて事実上長期賃貸借契約の締結を強要されるにひとしく民法第六百二条の期間制限の趣旨は没却せられると云うにある。

民法はその制定当時に於ては第六百四条において賃貸借の存続期間を長期二十年と定めそれより長期の賃貸借を許さずとし之の二十年の期間を更新することを規定しているが、同法第六百二条の短期賃貸借の場合も共に契約期間の更新を合意によるものと定めて、これを以て足れりとしていたのであるところが、時代の推移によつて民法所定の賃貸借の規定のみでは、借地人の要求を満し得ないし、一般社会経済上の要求にも欠けるところが生じてきたので借地法が制定せられたのであつて民法第六百四条第一項に対する特別規定として借地法第二条の賃貸借期間の延長となり、民法第六百三条同第六百四条二項の合意による契約期間更新規定の特別法として借地法第四条第五条の借地人の更新請求権となつたのであることは両法の立法趣旨よりみて明白である。然して借地法第四条は土地所有者に過当の負担とならないように「自ら土地を使用することを必要とする場合その他正当の事由ある場合に於て遅滞なく異議を述べれば」契約の更新はないものと規定しているのである。即ち民法の賃貸借規定では期間の満了によつて一旦契約は消滅し双方合意で期間の更新を要したのを借地法では右民法の規定より一歩を進めて借地人の更新請求によつて契約が当然的に更新せられることとし地主の合意拒絶を手段とする不当要求を回避することとし借地権の効力を強化したものであることを知るのである。之の借地法第四条の規定は民法第六百二条の所謂短期賃貸借に適用しない法意とすれば、借地法はその趣旨の規定を設けるべきであることは明白であつて、その規定しなかつたのは当然適用あるものとしたことも明了である。

原審は之れを消極に解した理由として借地法第四条を適用すると賃貸人に拒絶の自由なく正当の事由ある場合の外これを認容せなければならないとすれば事実上長期賃貸借契約の締結を強要せられるに等しく民法第六百二条の制定趣旨を軽々に没却されてしまうと云うのであるが之の所謂契約締結の強要なるものは独り短期賃貸借のみに限らず長期賃貸借の場合も同様であつて両者を各別に解せねばならぬ理由は存在しない。況んや原審は短期賃貸借の場合に民法第六百三条の合意更新を認めているのであるから両者の差異たるや観念上のものであつて事実上は何等異なるのではないのである。若し夫れ処分の権限のない者に於て契約の更新を認め難い場合は自己に処分の権限のないことを事由として更新拒絶をすればよいわけである。之の処分の権限のないものの締結した契約であることは借地法第四条但書の正当事由に該当するのであると解してよいと思料する。所謂短期賃貸借の規定は民法第六百二条を絶体的のものとしてその所定期間後の契約更新を認める同法第六百三条の如き規定はないものであるならば即ち止む。合意更新を認めている趣旨からみると処分の権限のない者が締結した賃貸借でも更新の合意をすれば十年十五年を延長されるのであるから借地法はこの更新合意を一歩進めて更新請求による法的更新を認めたものを特に拒絶する理由は原判決に於ては示されていないのである。又之の様に解することによつて未成年者や管理行為の効力の帰属する本人の保護に欠けることはないのであるから原審の之の点に対する判断は誤りであると信ずる。

第二点原判決はその理由に齟齬があると思料する原判決は民法第六百二条の賃貸借は借地法第四条第一項の規定は適用ないとする理由として処分の権限のない者が締結した賃貸借によつて其の行為の効力を受ける未成年者や不在者本人の利益を保護し得ないとしたのである。従つて此の場合は未成年者や不在者本人、本件に於ける宗教法人等の保護は行為の相手方たる借地権者の保護や一般社会経済上の要請などよりも重しとみるべきだとしたのであるがその見解は是非は暫く措き、原判決は所謂短期賃貸借の場合にも借地法第四条第二項の建物等の買取請求権を認めたのは宅地の賃貸借の終了によつて該地上の建物その他の物件が撤去せられその効用を失ひ又は滅殺されることは社会経済上極めて不利益であるのでこの無益無用な結果を防止し一般社会の利益を維持しようとする国民経済上の理念に基くものと解すべきであるとしている。即ち借地法第四条第一項の適用如何の場合は本人保護を重視し、同条第二項の適用如何の場合は社会経済理念を重視しているのであつて、同一立法趣旨より出た借地法第四条第一項と第二項との間に之の如き差異を認めた判決理由は理由に齟齬があると思料する。

これを本件にみるに被上告人の住職は処分に権限のないものであつたが為に五年の短期賃貸借を認定し期間終了の場合に更新の合意がなかつたので契約は消滅したと認定したことは本人たる被上告人の保護になるとしても、他面に於てその契約消滅したる為に地上存在の建物其の他の物件を時価百二十八万余円で買取らなければならない結果となつて一般社会的利益が保護せられたが本人たる被上告人としては無用なるものを買取つて之を他に売却する場合莫大なる損失を受けねばならぬこと明白なる為め大なる不利益を受けるのであるから本人たる被上告人の保護とはならないこととなるのである。従つて本人保護を重視するならば前記借地法第四条の第一項も第二項も適用を除外すべく、社会利益を保護するならば右規定のいづれかを適用することにならねば正当なる法の解釈と云ひ得ないと信ずる。

上告人成慶院代理人間狩宥遵の上告理由

一、本件土地の短期賃貸借は上告人成慶院の目的の範囲外の行為で無効である。宗教法人は公益法人中の尤なるもので爾余の公益法人に比べて公租公課の減免の点に於て遙かに重厚を加え之れが育成助長の為めに保護政策を執つていることは贅言を要しないところであるから茲に触れない。

大審院は公益法人の人格(権利能力)の範囲は定款所定の目的たる事業自体に属する行為のみならず、この目的たる事業を遂行するに必要な行為も亦法人の目的の範囲内の事業であることを形式的には承認しつつも、実質的にはこの「目的の範囲」を極めて厳格に解せんとする態度を終始一貫といつてよい程度に持続し来つている。昭和十五年二月二十日民集二〇〇頁所載のものは稍緩和的であつたが翌年三月二十五日民集三四七頁所載に於て厳格性に還元したのである。而も大審院は「目的の範囲」に属するや否やは事実問題なりとして其の立証責任を其の責任を問わんとする側(本件に於ける場合は被上告人)に課していて能力の拡張に制動的役割を演ぜしめていることは特に注意を要する点である(大正三年六月五日民録四三七頁参照)。大審院に於て公益法人の「目的の範囲」に関する判例は総て産業組合についてのみであるが左の四件のみである。(一)大正元年九月二十五日民録八一〇頁所載、(二)昭和八年七月十九日民集二二二九頁所載、(三)昭和十五年二月二十日民集二〇〇頁所載、(四)昭和十六年三月二十五日民集三四七頁所載、随つて、重なる右四件の大審院の判決によつて公益法人の目的の範囲に関する厳格性は判例法を形成し今尚何等の変更を加えられていない(有斐閣発行柚木馨著判例民法総論上巻三一一頁乃至三一三頁、公益法人に関する判例法、三一三頁乃至三一五頁判例法の分析参照)。然るに下級裁判所に於ては意識的なるか無意識的なるか知らないが往々にして此の判例法を看過し、公益法人の目的の範囲について拡張的解釈をして恬然たるものがある、本件に関する原審も亦此の類に洩れない上告人は当時宗教法人令に準拠した寺院規則に定めた目的の範囲内に於てのみ人格(権利能力)を有し其の埓外に逸脱することは許されないのである(昭和二十六年六月五日上告人提出準備書面第二項に詳述している尚第三号証第二章参照)。

本件に於ける土地賃貸借は宗教法人たる寺院の目的自体に非ざるは勿論、目的自体を達成するに必要な行為でもないから当然無効の行為なりと断ぜざるを得ない。啻寺院復旧の時機到来を見越して五年の期間を定め一時使用の目的を以て賃貸した暫定的措置に過ぎないものと看得るのみ。さればこそ上告人は当該賃貸借期限満了先だつ昭和二十四年一月二十七日建築用資材の割当の申請を所轄庁に対して為し時機の到来を待つていたのである(甲第二号証参照)。かかる事情にあればこそ被上告人が第一号家屋を除いた爾余の家屋の建築に際しても上告人は異議を陳べたる次第でそこで被上告人は世故に不慣な上告人主管者を巧に欺懣して同意の印鑑を捺さしめて野望を遂げたものなのである(昭和二十七年八月十日の上告人代表者の訊問調書参照)。右は公益法人に関する「目的の範囲」の厳格的縮少解釈に立脚する判例法によつて立論した本件賃貸借の無効論であるが営利法人の「目的の範囲」について拡張的解釈を為せる判例法と全く対蹠的であることを特に注意すべきものがある。営利法人に属する会社に関するものを左に列挙して公益法人の夫れと差異の著大なるものあることを示そう。〈1〉大正元年十二月二十五日民録一〇七八頁、〈2〉大正二年七月九日民録六一九頁、〈3〉大正三年六月五日民録四三七頁、〈4〉大正五年十一月二十二日民録三三〇一頁、〈5〉大正十年一月二十一日民録一〇〇頁、〈6〉大正十年十月二日民録一八六一頁、〈7〉大正十一年七月十七日民集四〇二頁、〈8〉大正十四年七月十一日民集四二三頁、〈9〉昭和十年四月十三日民集五二三頁、〈19〉昭和十三年二月七日民集五〇頁、〈11〉同十三年六月八日民集一二一九頁、而も本賃貸借が上告人の「目的の範囲」内の行為であることの立証責任は判例法によつて其の責任を問わんとする被上告人に課せられているに拘らず被上告人に於て立証なきに之れを無視して上告人の「目的の範囲」内にありと独断的に肯認したる原審は敢えて違法を犯していると批評されても恐らく之れが遁辞を発見し得ないであろう。尚最近の最高裁判所に於ける「法人の目的の範囲」に関する判決の要旨を摘録する。法人の目的の範囲について定款に記載された目的自体に包含されない行為でも目的遂行に必要な行為は目的の範囲に属するとし、その基準はその行為が現実にそれに必要かどうかではなく、定款の記載自体から観察して客観的に必要かどうかで決すべきである(最高裁昭和二十七年二月一五日判決民集六集六巻二号七七頁参照)。

二、仮りに本件土地の賃貸借が上告寺の目的範囲に属し有効であると解釈するも一時的使用の目的の為めの賃貸借であつて借地法第九条により借地法の規定の通用は排除せらるべきものである。借地法第九条にいう「一時」なる観念は必ずしも物理学的に時の長短だけで決定すべきものでなく、当事者の意思や其の意思の表示せられたときの個人的社会的及経済的事情によつて綜合的思惟の下に社会通念によつて決定すべきものである。何事を企図するにも事を早急に運ぶことのできない昭和二十一年初期の社会経済の事情の下で土地の使用権者が其の所期の用途に使用するに五年位は準備期間を要するものと考え其の間其の敷地について被上告会社の懇請も容れて、五年の期間の定めで一時使用の為の借地権を設定したとしても毫も之れを異とするに足うない。之れに反する原審判決の認定は前記事情下に於ける経験則又は条理に違背して之れを為したることに締結するの違法がある。凡そ法律学上の時間の観念は物理学的にのみ依拠して之れを認識又は理解してはならない。借地法に所謂「一時的使用」の一時的とは物理学的短期の概念に、問題の事実が措かれている。社会的経済的及個人的環境と時代を洞察して之等の綜合判断下に決定しなければならないことは意思表示の対話者間と隔地者間が単なる空間的離隔の長短に拠らざるが如く、窃盗にいう物の観念が管理可能性を以て之れを決定し必ずしも物理学上にいう固体的物質に局限せずして電気、熱気、冷気及瓦斯と雖も管理可能の状態に置かれたる限り物なりと断じ得ると軌を一にするものである。要は法の目的又は法の精神を把捉して之れを決定し其の目標圏外に出てないことを期すべきである。

三、仮りに本件土地の賃貸借が一時使用の目的でなく単に民法第六百二条による短期賃貸借なりと解するも借地法第四条第一項による借地権者の契約更新請求権(形成権)及同法第四条第二項による同断地上物件買取請求権は認められない。契約更新については民法第六百三条による所定期間内に於ける当事者の契約に因るべく又地上物件の買取請求権は認められないから借地権消滅の場合に於ては地上物件も収去して土地を原状に復して権利者に引渡さなければならない。原審判決が契約の更新につき民法第六百三条を適用し借地法第四条第一項を排除したのは正鵠を得ているが同条第二項を適用して買取請求権を認めたのは誤りである。借地法第四条第二項は同条第一項を承けて規定されたものであるからである。

原判決の理由中に「同法が第四条第二項において地上物件買取請求権を認めたのは、宅地の賃貸借の終了によつて該地上の建物その他の物件が撤去せられその効用を失いまたは滅殺されることは社会経済上極めて不利益であるので、この無益無用な結果を防止し一般社会の利益を維持しようとする国民経済上の理念に基くものであると解すべきであり、この理はその賃貸借が借地法上の賃貸借であろうと民法第六百二条のいわゆる短期賃貸借であろうとその軌を一にするものでこの両者の間に区別すべき正当の理由がないから本件賃貸借についても借地法第四条第二項の地上物権買取請求権ありと認むべきである。」と記載しているが元来借地法に一般的抽象的に経済的弱者を保護する為めの社会的立法に由来するもので経済的弱者たる借地権が契約更新かなわぬ場合せめて地上物件の買取請求権を認めて其の損害を可及的に鮮少にして之れを救済せんとする法意に出たもので原判決のいうが如く一般社会の利益を維持しようとする国民経済上の理念に基く公益的意図に出た規定ではない。借地法第四条第二項には「借地権者ハ契約ノ更新ナキ場合ニ於テハ時価ヲ以テ建物其ノ他借地権者ノ権原ニ因リテ土地ニ付属セシメタル物ヲ買取ルベキコトヲ請求スルコトヲ得」とあつて借地権者の自由意思に係らしめ「請求スルコトヲ要ス」と規定せざるにより其法意を窺い知ることができるであろう。同条第一項に「借地権消滅ノ場合ニ於テ借地権者ガ契約ノ更新ヲ請求シタルトキハ建物アル場合ニ限リ前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス但シ土地所有者ガ自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合ニ於テ遅滞ナク異議ヲ述ヘタルトキハ此ノ限ニ在ラス」とあつて契約更新請求権を行使すると否とを借地権者の自由意思に係らしめていることは同条第二項と同断の趣旨に出た法意なることを推知し得られる。若し之亦公益的規定なりせば「借地権消滅ノ場合ニ於テ建物アル場合ニ限リ前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做ス云々」と規定したことであろう。却つて本件当事者双方に関し具体的に観察するとき経済的弱者は上告寺であり経済的強者は被上告人であることを見遁してはならない。原審判決の理由中に「該土地を右目的のため使用管理できないような特別の事情のあるとき臨時に一時的に右目的以外の目的のために使用し、又は収益をあげるため右目的以外の目的のために賃貸することも、また前記目的を達成するための管理維持の一方法であるから、このようなやむを得ない事情あるときはこれらの使用処分は許さるべく、この行為もまた宗教法人の目的の範囲内の行為と認めるべきであるところ、云々」と記載し本件賃貸借が臨時的一時的の使用目的であることを認めながら而も尚借地法第四条第二項を適用して被上告人の地上物件買取請求権(形成権)を容認した理由の齟齬があることを附言する。

土地の使用権限あるものが其の権限を喪失したときは特別の規定又は特約のない限り権限により土地に附属せしめたものを収去して現状に回復せしめることが法の基本原則であつて法理上些の疑点を挾さむ余地がない。借地法に於ては借地権者であつた経済的弱者を保護せんとする社会的立法の建前上借地権者たりし者の意思と其の表現により現状回復の負担と損失から解放せんとする意図のもとに意思表示当時の時価を以て地主に対し建物等の買取請求権(形成権)を認めたものである。而してこの形成権の容認は法の原則に対する例外的規定であつて濫りに拡張的解釈をなし他の範疇に之を類推適用してはならない。借地法第四条第二項の認めた建物等の買取請求権は同条第一項の規定を受けて規定せられおることを、同条第一項は同法第二条及び第三条の規定を承前的意義として取り入れ規定せられていることを夫等の規定を熟読し彼此照応深省することにより納得し得るところであろう。果して然らば賃貸借期間二十年を下る家屋の所有を目的とする土地の賃貸借には第四条第一項による契約更新の請求も第四条第二項による建物等の買取請求権も容認せられない帰結に到達する。斯く解釈することにより民法第六百二条による家屋の所有を目的とする短期賃貸借には借地法第四条第一項(更新請求権)及同条第二項(建物等買取請求権)の規定の適用なく前者については民法六百三条による法定の契約によるべく後者については原状回復を以て結末をつけなければならない。況んや一時使用と解せられるべき場合に於ておや。

要約するに凡そ市民法秩序体系に於ける能力又は権限に関する規定の強行的性格を帯有し濫りに之れに背反したる解釈適用の許されないことは贅言を要せざるところであるが経済法、労働法及統制法等の社会法と雖も市民法を基盤としてのみ存立が許される現行制度上之れが適用の潜脱の許されないことは言うを俟たないところである。果して然らば能力又は権限の欠如した者の為したる法律行為と之れを具備した者の為したる夫れとの法律上の直接及間接の効果に軒輊を生ずるのは自明の理である。況んや間接の効果を容認することにより、直接の効果を容認するよりも、より重き負担を本人に負わしめ匡救することのできない結果を招来するが如き妥当性を欠くに至る場合に於ておや。本件賃貸借につき原審判決は如上の法理を無視し具体的妥当性をも等閑視した違法を犯しているものであり到底破毀を免がれないものと信ずる。

追加上告理由

一、借地権(家屋の所有を目的とする土地の賃貸借又は地上権)消滅の場合に於て借地人の権限に因つて附属せしめた地上物件の買取請求権を容認したのは不法不当ならざる借地権者にして且つ半恒久的乃至恒久的施設をなし得べき地位に置かれている長期の土地賃貸借契約による借地権者を保護せんとする法意であることは(一)借地権者の責に帰すべき事由により土地賃貸借契約の解除された(不法使用なる場合と同様に)場合に買取請求権を附与しないこと、(二)長期の貸借なるも無償(典型的なるは使用貸借ならん)なる場合にも此の権利は附与されないで共に原状に復して土地の返還をしなければならないのに徴しても買取請求権が国民経済上の理由に基く公益規定なりと解し得られない道理がある。一時的使用乃至短期賃貸借の場合に於ては借地権者に於て自己利益擁護の為め期間相応の臨時的施設をなすを通常とし半恒久的乃至恒久的建物其の他堅固な施設は借地権者の危険負担の下に之を為し得るに止まる。本件建物は一号物件を除きたる他の建物は上告寺住職を欺き建物建設の同意を為さしめたことは控訴審に於ける蕃野光義の尋問調書により明かであるが斯かる非法を敢えてする被上告人を保護するの要ありやを疑うものである。

二、民法六百二条は賃貸借に関し処分の権限のない管理人の管理権の範囲を法定したもので之れにより不在者の財産管理人、権限の定めのない代理人、後見人、相続財産管理人及寺院住職等の権限を制約し以て被代理人又は被代表者たる本人の権益を管理人の恣意より保護せんとするの法意にでたもので市民法秩序体制下に於ける権限に関する規定として強行規定に属する。社会法を以てしても廃除規定なき限り之れを廃除し得ない。期間の制約により保護せられたとしても仮りに之れに優る重き負担を負荷せしめられる如き地上物件の買取請求権の行使を受くること、引いて償うこと能はざる損失と重圧を本人に及ぼすことが法の容認する所であろうか。万一之れを容認するとせば処分の権限のないか又は権限の定めのない代理人は拱手して暫定的の土地の利用をも躊躇して物の社会的効用は鮮からず減少するであろう。社会政策的見地からしても憂うべき事に属する。況んや地上物件が欺瞞によつて設置せられた本件の場合に於ておや。

三、原審判決は形式論理的にも完璧たり得ないが具体的妥当性に遠ざかること甚しいものがある。(一)一般抽象的には借地権者は、経済的弱者と一応見られるが本件に於ては貸主たる上告寺が被上告会社に比して対比を絶する程度に弱者であり買取代金の調達に困窮せること(二)本件土地明渡は地上物件の解体処分をして撤去し其の地点に寺院の堂宇を建設して上告寺の復旧をなすにあるが故に買取物件の利用価値を数分の一に減ずる必然性あること(三)上告寺の得た対価は五年間を通じて合計金六千円の僅少額なるに比し犠牲の多大にして上告寺を死活の岐路に立たしめ居ること(四)詐欺行為によつて被上告会社の建設した建物及其の内にある施設をも買取物件中に組入れたこと。凡そ判決は抽象的妥当性を具有すると同時に具体的妥当性に契合して始めて其の生命は保持せられるもので具体的妥当性ある判断に帰結する法律的論理構成の全きを得なければならない。原審判決は之等の点より見て支離滅裂の譏を免れないであろう。

再追加上告理由

寺院の主管者が管理権の範囲内において単独にて為したる土地の賃貸借につき借地法の規定の適用ありや。

権利の享有能力(権利能力)、権利の内容を実現し得べき能力(行為能力)及権利行使の範囲の制限(管理行為の法定圏乃至権限範囲の法定等々)に関する規定は凡て本質的に強制規定に属し例外的排除規定(取引の安全性保護・社会的経済的利益の保護其の他の法益を保護する為めの規定による排除)による排除なき限り之れ等に違反して事実上行はれた行為は其の法律上の有効な効果を期待し得ないことは何人と雖も異論のないところであろう。経済的弱者を保護せんとする目的を以て立法化された借地法の諸規定も亦之等の制約を受けこの圏外に出ることができないであろう。借地法は之等の諸規定を前提し、諸原理を出発点としてのみ、規律さるべき法的現象を取捨し、選択してこれを規律しているのである。随つて不動産につき処分の権限のない寺院主管者の単独になしたる管理行為(土地の短期賃貸借)は前叙原理の自らなる制約により借地法の適用より除外さるべきものである。

寺院の主管者は所定の手続を履まない限り不動産に関する法律上の処分権限を与えられていない(宗教法人令第一一条第一項第一号参照)。不動産につき処分の権限を附与されていない寺院の主管者は不動産の管理行為についても限界を設定され樹木の栽植又は伐採を目的とする山林を除いた土地の賃貸は五年を限度とする期間内に於てのみ許容されている(民法第六〇二条第一項第一号及第二号参照)。民法第六〇二条は宗教法人令第一一条第二項の規定と相俟つて管理行為の範囲を法定する反面法定期間超過の賃貸借を処分行為なりと断ずる。民法第六〇二条は管理行為の範囲に関する公権的解釈規定を内蔵するというべきである。かるが故に宗教法人令に於ては法定期間を超える期間を以てする賃貸借を無効なりと宣明する(宗教法人令第一一条第二項参照)。而して法定期間内を以てする有効なる短期賃貸借と雖も所定期に於ける契約によるに非ざれば之れが更新をすることができない(民法第六〇三条参照)。借地法所定の借地権者の形成的権利を以てする契約の更新は許されない。寺院と雖もその目的の範囲に属する限り法令に従い寺院規則の定める所により手続を履践すれば主管者において処分権限を得、有効な土地の賃貸借契約をすることができることは言を俟たない。この場合こそ借地法の適用を受け、借地権者は契約の更新請求(形成権)、地上物件の買取請求(形成権)はなし得ることは勿論、借地権者に対する法定の不利益契約の禁止(借地法第一一条)による保護を享受するに至るのである。前叙の如く所定の手続を践まない主管者の長期の土地賃貸借は無効であり寺院は之れにより相手方に生ずべき填補賠償責任すら負荷させていない又期間を管理行為の法定期間に引直おして短期賃貸借に転換することすら予期されていない。此の場合取引の安全性を保護する為めに相手方が善意にして且善意なることが無過失なる限り、寺院の主管者自身が相手方の選択に従つて契約の内容たる権利の実現又は実現を見ないことによつて生ずべき損害の賠償をしなければならないとしている(宗教法人令第一一条第三項参照)。斯く責任発生の条件を加重した上責任者の主体の変更すら敢えてし、寺院を責任の負荷より免脱せしめ以て寺院の保護の趣旨を貫徹せしめている。仮りに百歩を譲つて短期賃貸借においても借地法の適用ありとせんか、意想外の結果を招来するにいたらん。短期賃貸借は借地権の基礎的期間こそ短期なりとはいえ、借地権者の契約更新請求権により、契約の更新は反復してなさるべきが必然的であるから契約更新の時期が早期にめぐり来り其の回数の増加を見るだけで半永久的負担を負荷せしめられることは長期賃貸借と何等選ぶところがなくなるであろう(地上物件買取請求権行使の結果については既提出の上告理由書等に譲り之れを省く)。斯くの如きは管理権の法定範囲の設定趣旨を看過するのみならず、不適法なる長期賃貸借の責任主体の転換規定まで設けて寺院を保護せんとする法の精神を蹂躙する違法を犯すものといわなければならない。之等を彼此綜合して判断すれば短期土地の賃貸借には借地法の適用なしとの結論に到達するであろう。果して然らば何等かの確固たる法的根拠なき限り借地法に規定する爾余の法規をらつし来つて木に竹をついだような法の適用を許されないこと明かである、原審に於ける地上物件の買取請求権認容せる判決の如き之れである。被告人が、抗弁として全面的に本件に関し借地法の適用ありという主張は前提を看過し、且つ法の精神に目をおうた謬論である。

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